お役立ちコラム

渡辺通裏路地通信

福岡をもっと楽しむためのコラムです♪

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これを読んで、もっと快適な旅を楽しんでくださいね!

第17回水を大切に(2010/6/19)

梅雨の時期がやってきました。
博多弁で言えば「しろしい」季節です。
「しろしい」とは「うっとうしい」という意味なんです。

でも雨が多いのを、うっとうしいと言えるのも贅沢な話です。
なぜなら、福岡はこれまで大規模な渇水に何度も見舞われました。

記憶に新しい平成6年の渇水や、昭和53年の大渇水。
当時を知る博多っ子は、水の大切さを痛いほどに感じているのです。今回は、給水制限が300日も続いた、昭和53年の大渇水についてお話ししたいと思います。

昭和53年ってどんな年?

熱狂的なファンの方もいらっしゃったかも知れませんが山口百恵の「プレイバックPart2」が大ヒットした年です。
ピンクレディの「UFO」を踊る子ども達も大勢いましたね。

この年は、成田空港が開港した年でもあります。高度経済成長で、日本が元気な時代です。
休日には、ファミリーレストランで外食という家族の光景も多く見られるようになりました。
福岡では交通渋滞等を理由に、この翌年に路面電車が廃止されました。

福岡市の水事情

皆さんは、福岡市をどんな街だとお感じですか?
博多湾に囲まれ、那珂川や三笠川、薬院新川などの河川もありキャナルシティ博多という「運河」をテーマにした商業施設もあるくらいですからもしかしたら、水の豊かな都市というイメージをお持ちかもしれませんね。

しかし、福岡市および近郊には一級河川というものがひとつもなくどちらかというと、水資源の乏しい街なんです。

昭和30年代には水源の確保が追いつかず、毎年のように給水制限が実施されていました。
そのような状況を改善すべく、昭和40年代になると県内にダム建設が進められました。
その結果、昭和43年以降は(昭和50年を除き)給水制限が実施されませんでした。

昭和53年の大渇水

ところが昭和53年。
3月〜5月の降水量が、なんと平年の半分以下になりました。
このためダムの貯水量は減少し続け、とうとう貯水率が2割を下回ってしまいました。
そこで、福岡市水道局は水危機宣言を出し、節水の呼びかけを始めたのです。

私は福岡市外に住んでいましたが、学校で大きなポリバケツに水を貯めひしゃくですくって、使用後のトイレに流していた記憶があります。

福岡市ほどの制限はなくても、県内の学校等では積極的に節水に取り組んでいたのだろうと思います。
ひしゃくに水を汲んだ時に、ずしっと感じた手の重みや水を無駄に流して先生に叱られている友達の姿を、よく覚えています。

そして、「今日から通常通りトイレを流せます!」と言われたときの大きな喜び。
それまでには全く意識することのなかった水の有り難さを、子どもながらに学んだのだと思います。

そんな経験のある福岡にとって、この時期の雨はとても貴重です。
多くの市民が朝のお天気ニュースで、ダムの貯水状況にも注目しています。

※平成22年6月16日現在の県内主要ダム(17)の合計貯水率…93.5%
(参考:福岡県ホームページ)

でも、水の問題について世界に目を向けると、事態はもっと深刻です。

開発途上国を中心とする世界各地で水不足、水質汚染、洪水被害などが発生しています。
また、これらに起因して食糧難や伝染病も引き起こされています。
地球温暖化現象にみられる気候変動も、様々な水問題の要因と言われています。

更に、水をめぐる国家間の紛争も起きています。
アラル海地域、インダス川、ヨルダン川、ナイル川、チグリス・ユーフラテス川流域は 5大水紛争地域と言われ、争いの激化が心配されています。

日本では蛇口をひねれば、いつでも自由に水が手に入りますが世界の人口の3分の1が水不足で苦しんでいる、というデータもあります。

私たちは、給水制限で不便だったとはいえ、死に至ることはありませんでした。
その有り難さを感じながら、雨の季節を過ごしていきたいものです。

雨の路地裏も風情があります。
アクセス天神へのお越しを心よりお待ちしています。

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