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コラム 2025/05/30
福岡「天神」の地名の由来──水鏡に映った嘆きの姿と祈りの記憶NEW

こんにちは♪

 

福岡の中心地「天神」。

いまやファッション、グルメ、観光の集まる九州随一の繁華街ですが、実はこの地名には、ある“ひとつの涙”から生まれた深い物語があるのをご存じですか?

 

その物語の舞台が、福岡市中央区天神にある「水鏡天満宮(すいきょうてんまんぐう)」。

今回は、都会の喧騒の中に静かに佇むこの神社を訪ね、そこに宿る歴史と、今なお多くの人に親しまれる信仰のかたちをご紹介します。

 


 

◆由来──水面に映る己の姿を見て

 

時は平安時代。

学問の神様として知られる菅原道真公が、無実の罪で都を追われ、大宰府へと左遷される途中に博多へ上陸します。

 

そのとき、庄村(現在の今泉あたり)を流れていた四十川(現在の薬院新川)の水面に、やつれた自らの姿を映した道真公は、その無念を胸に、深く嘆き悲しんだと伝えられています。

 

この故事にちなみ、庄村に建てられた社が「水鏡天神(すいきょうてんじん)」、または「容見天神(すがたみてんじん)」と呼ばれ、やがて水鏡天満宮となったのです。

 

この逸話こそが、「天神」という地名の由来になっています。

つまり、福岡“天神”のルーツは、水鏡天満宮にあるというわけです。

 


 

◆現在地への遷座──鬼門を守る守護神として

 

江戸時代初期の慶長17年(1612年)、福岡藩初代藩主・黒田長政により、鬼門封じの守護神として、福岡城の鬼門にあたる現在の場所へと遷座されました。

 

都会の真ん中に突然現れる石の鳥居と緑の境内。

賑やかなビル群のなかにありながら、ここだけは時間がゆるやかに流れているような、そんな静けさに包まれています。

 


 

◆境内のみどころ

 

水鏡天満宮はコンパクトな境内ながら、見どころが凝縮されています。

 

 

【本殿・拝殿】

 

荘厳ながら落ち着いたたたずまいの拝殿・本殿は、日々多くの参拝者が学業成就や心願成就を祈る場所です。

 

 

【南北2つの鳥居】

 

南北両側に配置された鳥居には、歴史的な人物の揮毫が刻まれています。

 

  • 北側鳥居:侯爵・黒田長成(修猷館館長、貴族院副議長)の書

  • 南側鳥居:昭和の首相・広田弘毅が少年時代に揮毫したとされる書

 

一見すると見過ごしてしまいそうな扁額も、その筆者を知れば一気に歴史の重みが増すはずです。

 

 

【摂末社と百度石】

 

境内には、合祀殿や荒木田稲荷神社もあり、その横には「百度石(ひゃくどいし)」も見られます。

 

百度参りは、願い事を成就させたい時に本殿と百度石の間を百回往復するというもの。

地元の方々の信仰の深さを感じさせる風景です。

 


 

◆文化財と社宝

 

 

【木彫渡唐天神像】(県指定文化財)

 

享保14年(1729年)、仏師・正慶による精緻な木彫像。

唐風の装束に身を包んだ道真公の姿が印象的です。

 

 

【水鏡天満宮縁起】

 

延宝2年(1674年)に大鳥居信祐によって記された、この神社の由緒書きともいえる貴重な史料です。

 


 

◆四季折々の行事と祭典

 

 

【夏祭】(7月24日・25日)

 

地元に根づく、夏の厄払いと感謝の行事。

境内ではお神輿や出店で賑わいます。

 

 

【秋祭】(10月24日・25日)

 

収穫と無病息災を祈る秋の祭典。

紅葉に包まれた境内が神秘的な雰囲気を醸し出します。

 


 

◆アクセス情報

 

住所:福岡県福岡市中央区天神一丁目15-4

【電車】

  • 西鉄福岡(天神)駅より徒歩約5分

  • 地下鉄「天神駅」「中洲川端駅」より徒歩5分

 

【バス】

  • 「アクロス福岡・水鏡天満宮前」バス停下車すぐ

 


 

◆おわりに|“祈り”が宿るまち、天神

 

水鏡に映るやつれた自分の姿に、静かに涙した菅原道真。
 

その姿は、やがて「天神」というまちの名になり、今もこの地に生き続けています。

 

ビルの谷間にある小さな神社。

けれど、その存在は、都会の真ん中に生きる人々の心にそっと寄り添ってくれます。

 

「勉強に疲れた時」「道に迷った時」「ちょっと祈りたい時」――

ふと立ち寄って、深呼吸してみてください。

天神の中心に、いつも変わらず、静かに見守る祈りの場所があります。

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