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コラム 2023/07/15
名島城の遺構と遺物がある名島神社
こんにちは。

今日は、先日のコラムにて書いた黒田長政が筑前国に入国した時に最初に入城した城、名島城址にある名島神社のことを書きたいと思います。

もともと名島神社のある場所には名島城がありました。
 

名島城は豊前国の戦国大名大友氏の庶流であった立花氏が立花山城の出城として築城したことが始まりとされています。

天正15年に豊臣秀吉が島津氏を降して九州を平定し、小早川隆景を筑前の国守として任命。

小早川隆景が、この城を増強し、九州監察の中心としました。

 

小早川隆景自ら場所を選び、城の配置・設計を行なったとされています。

文禄の役の折には、肥前名護屋へ西下の途中に淀君がこの城に立ち寄っています。

 

城は桃山文化の粋を集めた絢爛豪華な水城。

小早川隆景公父子は十三年間この城に在り、1600年に黒田長政と城主が変わりました。

先日、記載した通り、黒田長政はこの地が狭隆なため、福岡城を築いてここに移りました。

その際に名島城を解体して、福岡城に移築したそうです。

この間、小早川隆景、黒田長政は、名島神社を居城の守護神として篤く崇敬し、神領を寄進するなど御神徳の昂揚に努められたそうです。


現在の名島城跡の多くが住宅地となっていますが、天守台の一部や名島神社にその名残を留めている。

名島神社の御祭神は、宗像三女神(田心姫命・湍津姫命・市杵島姫命)です。
 

宗像三女神は天照皇大神と素戔嗚尊との誓約によって生まれた、日本とアジア大陸をつなぐ海上交通の要所、玄界灘の神様だそうです。

古くより海上交通の神様、道の神様として信仰を集めています。

住所 福岡県福岡市東区名島1丁目26ー1

アクセス 
西鉄貝塚線「名島駅」より徒歩15分

 

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