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今日は太宰府市にある宝満竈門神社をご紹介したいと思います。
大ヒットアニメ『鬼滅の刃』のファンなら、心躍る聖地が福岡県に存在します。
「宝満宮竈門神社」は、その名前からもわかるように、大ヒットマンガ『鬼滅の刃』に登場する主人公・竈門炭治郎と同じ「竈門」を名乗る神社として、多くの注目を集めています。
この神社は、作者の吾峠呼世晴さんが福岡県出身であることと、大宰府政庁の鬼門除けの由来が関連していることから、鬼滅ファンにとっては必訪の聖地となっています。
竈門炭治郎の活躍を垣間見ることができる場所として、多くのファンが巡礼に訪れ、その数は後を絶ちません。
もともとは縁結びの神として有名な宝満宮竈門神社は、境内で販売されているかわいらしいお守りも人気を集めています。
その神聖な雰囲気と鬼滅の刃の世界観が融合した場所として、観光客だけでなくファンにもおすすめのスポットです。
宝満竈門神社の歴史は古く、天智天皇の御代に九州一円を統治する大宰府政庁が誕生した頃から、竈門山(宝満山)は大宰府また国家の鎮護のための重要な祭祀の場となっていました。
その頂上に建つ上宮の巨岩の下からは、奈良時代から平安初期にかけての国家的な祭祀を示す様々な出土品が見つかっています。
天武天皇二年(673年)、開山心蓮上人が山中で修行中、突然山谷が震動し、玉依姫の霊と名乗る貴婦人が現れ、国家を守り民を鎮護するために山中に居ると告げ、金剛神に変じ九頭の龍馬に乗って天を飛びました。
これを奏上された朝廷が上宮を建立したのが宝満山の始まりです。
大宰府政庁との繋がりから、宝満山は航海の安全や目標達成の祈願の場として、最澄や空海をはじめとする大陸へ渡る人々にとって大切な山でした。
中世以降は修験者たちによる信仰が盛んになり、宝満山は修験者の修練や世の平安と人々の安寧のための祈祷の場として重要視されました。
江戸時代には博多の禅僧で著名な仙厓和尚も宝満山に魅了され、竈門岩の伝承に感銘を受け、「仙竈」の文字を刻んでいます。
竈門神社は、承和二十二年(803年)に従五位上が授けられ、その後位階を進め、嘉承元年(1106年)には正一位を贈られました。
明治二十八年(1895年)には官幣小社に列せられました。
現代でも縁結びや厄除けの神として多くの参拝客が訪れるほか、桜や紅葉の名所としても親しまれています。
太宰府の街において、人々の心が通い合う祈りの山として、これからも大切に守られていくことでしょう。
福岡県の宝満宮竈門神社は、鬼滅の刃を愛する人々にとって特別な意味を持つ場所となっています。
この素晴らしい神社で、鬼滅の刃の世界に触れながら、縁結びの神のご加護もいただけるかもしれません。
是非、訪れてみてください。